綺譚
くすんだ景色。きっと標高の高い場所にあるんだ。何かを予感させ、絶望させ、安堵させる、無機質とも言える風が吹く。風は何も言わないし、僕らは何も聞けない。それは諦観に近い。
白い柵に囲われた庭。二人分くらいの幅の入り口はちゃちなアーチで飾られている。
玄関まで続く石畳。至る所にあるプランター。灰色の太陽に照らされて育った植物、花々。
白いワンピース、チェック柄のテーブルクロス、僕のTシャツ。これは洗濯物。
雨風に晒された聖母像。
小屋を挟んで向こうの裏庭は草木が生い茂っている。縫うように続く石畳。相対的に閉鎖的な世界。
木製のドアを開け、裏口から入ると、きみが笑顔で言う。
「おかえり。」
ただいま。
「裏庭のルクリア、じきに枯れるわ。」
かなしいね。
きみはいつも僕を待っている。そしてこの庭と、家を守っている。時にコーヒーを淹れ、時にドライフラワーを作る。
僕は好きな本を読んで、タバコを吸って、絵を描いて、ギターを弾いて、標本を眺め、酒を飲み、花を摘んで、寝る。
来るのかもわからない明日に潜るような、沈むような。
どこかで汽笛が鳴る。ああここだ。僕の帰る場所。
振り返ったら消えてしまいそうな胎動。
生まれて死んで。意味は全てここに。ここにあるから。
明日きっと僕は僕でいられるんだろう。僕は僕でしかないから。それがまるでスプーンのような朝でも。