ピアノに擬態する娼婦
ある娼婦の話。
艶やかな黒髪の彼女は娼館の窓から世界を見ていた。(海が近いが、見えやしない。)
彼女にとって娼婦でいることは、存在の確証であり、生きているということだった。
しかしあるとき彼女は、毎日毎日自分がすり減り、惨めになっていることに気づいた。窓の外はずっと美しいのに、鏡の中の自分は、何かが失われていた。旅行先で忘れ物をしたんじゃないかと心配になるのに似た感情。
おもむろに彼女は椅子だけを残して、部屋を空っぽにした。ベッドも、鏡台も、全てを締め出した。そのときすっかり彼女は真っ黒になっていた。美しいカラスのような、夜のような--。
その日から、彼女はピアノに擬態するようになった。
客が部屋に来ても、椅子に座り、そっぽを向いて煙草をふかすだけ。黒い服を、白い下着を纏って。
男が彼女を演奏しようとするが、残念ながら男には音楽の才能はなかった。
彼女はずっと、艶やかな黒髪のカーテンを垂らし、黒い服を着て、山ほどの煙草をふかしながら、窓の外を眺めている。ただ静かに、堂々と。いつまでも。
まるでそう、夜と愛を嘆くピアノのように、僕は見えた。