綺麗な庭

僕の救いの箱庭です。

綺譚

くすんだ景色。きっと標高の高い場所にあるんだ。何かを予感させ、絶望させ、安堵させる、無機質とも言える風が吹く。風は何も言わないし、僕らは何も聞けない。

白い柵に囲われた庭。二人分くらいの幅の入り口はちゃちなアーチで飾られている。

玄関まで続く石畳。至る所にあるプランター。灰色の太陽に照らされて育った植物、花々。

白いワンピース、チェック柄のテーブルクロス、僕のTシャツ。これは洗濯物。

雨風に晒された聖母像

小屋を挟んで向こうの裏庭は草木が生い茂っている。縫うように続く石畳。相対的に閉鎖的な世界。

木製のドアを開け、裏口から入ると、きみが笑顔で言う。

「おかえり。」

ただいま。

「裏庭のルクリア、じきに枯れるわ。」

かなしいね。

きみはいつも僕を待っている。そしてこの庭と、家を守っている。時にコーヒーを淹れ、時にドライフラワーを作る。

僕は好きな本を読んで、タバコを吸って、絵を描いて、ギターを弾いて、標本を眺め、酒を飲み、花を摘んで、寝る。

来るのかもわからない明日に潜るような、沈むような。

どこかで汽笛が鳴る。ああここだ。僕の帰る場所。

振り返ったら消えてしまいそうな胎動。

生まれて死んで。意味は全てここに。ここにあるから。綺麗な花とか、白いヘラジカだって友達さ。小指くらいの鯨も水槽にいるし、屋根裏にはフクロウもいる。図鑑は全部揃っているし、讃美歌だって歌えばいい。

明日きっと僕は僕でいられるんだろう。僕は僕でしかないから。それがまるでスプーンのような朝でも。

モラトリアムアクアリウム

ぶくぶく。たっぷりと満たされた適温の水。餌を食べて満腹。ぐっすり寝る。

ぶくぶくぶく。

タバコを深く吸って大きくため息をつく。可視化されたため息。

丸い目をした金魚に問う。「お前は今何者だ。名前は?好きな食べ物は?明日は何する予定?」

金魚は口をパクパクさせて何かを伝えようとする。それは僕の耳には届かなかった。世界が違いすぎてしまった。

「幸せかい?」

「いいえ。」とはっきり聞こえた。

その返答に妙に納得してしまい、うなだれた。そうすることしかできなかった。

僕はそうすることしかできないんだ。ままならない。なにもかも。

此の期に及んで満たされることを求めている?許されることを求めている?

もうどこにもいけない。大きな淀んだ水槽。

 

何者

君は画家で、あなたは香水を作っている。彼女は遠い国で花屋をやっていて、さっきすれ違った男は吸血鬼で、たくさんの警察が目を光らせている。水族館では、消防士、音楽家、ドイツ人のプログラマー、軍人、薬局の店長、地底人、テレビの関係者。フランケンシュタイン。パン屋の息子。賑わい。ざわざわ。

皆名前がある。マリリン・モンローニコラ・テスラジュール・ヴェルヌ。ルドン。グスタフ・クリムト

世界が変わるといいね。赤が緑になって、黒が白になって、100が0になって、朝が夜になって、君は川魚になって、蝶はビスケットになって、上が下になって、本は肉塊になって、海はほこりになって、彼女の綺麗な髪は憎しみになって、僕はとっても美しい庭になる。

虚を泳ぐ

一人の魔女の家を僕は知っている。

魔女に尋ねる。

「愛は?」

「なくした。殺しちゃった。」

当たり前のように言うものだから、僕は悲しくなった。

真っ赤な花、y軸の方程式。

僕は魔女にただ笑って欲しかった。ピエロにもなった。上手に笑おうとした。

いつかもう一度魔女に尋ねようと思う。

「愛は?」

魔女はきっと前を向いてこう言う。

「ないよ。」

lily

誰かが叫んでいる。聞こえる?

雨が降っている。梅雨だから。雨粒の断末魔。たくさんの綺麗を見て、酔って、吐いて。

君は綺麗になるよ。雨粒のような瞳に、黒い髪。

雨の中のリリィ。聞こえる?

 

 

空っぽの独白

悲しいと感じた。純粋な感情。

映画を見て涙を流した。君のように何かを持っている人間は生き、私は死んだ。

真っ逆さまさ。幸せなら手を、どうかこんな僕の手をとって救ってはくれないだろうか。君は生き、私は死んだ。黒い寒すぎるプールに落ちて死んだ。死ぬのは悲しい。でも涙はそうは言っていなかった。偽物の羊ととりとめのない会話と。開けっ放しの窓からは何が見える?君に渡すものも持っていなくて、もう誰にも届かないんだって。貝殻のなかで涙を流す。さながらそこは潤った瞼の中。覚醒しよう。また慈悲を。明らかな慈愛を。

環世界

僕に見えている景色がある。浴室は浴室たりえる光の反射を見せ、鏡には僕が見える。

娼婦に見えている景色がある。人間の性と罪、自分が歩くべき歩幅が見える。

男に見えている世界がある。右脳から生まれた彫刻、檻を開ける鍵が見える。

君には何が見える?そこからは何が見える?どんな色?どんな形?

決して還ることはない問い。端と端が繋がって、決して終わることのない問いが僕らを包む。僕にはそれが見える。

もう一つ、僕にしか見えない風景がある。それがこの庭。