綺麗な庭

わたしの救いの箱庭です。

漂着

ある寒い冬、海岸に赤子が打ち上げられた。それもトラックほどの大きな大きな赤子。目をしっかり閉じ、裸のまま深い呼吸を繰り返している。

寒さに震えながらも赤子は感じていた。思考や、意識よりももっと深い所で。

来たるカタストロフを。もたらされる悪を。この出来事がその前触れだということを。

野次馬達が赤子を囲む。彼らは気づいているだろうか?

ニュースでも報じられる。『今日未明、〇〇海岸で大きな赤子が打ち上げられているのが発見されました。専門家の方の意見によるとこれは...』(ノイズ) 

そう、ノイズ。電波の調子が悪いらしい。もう始まっているのだ。

朝日が影を作った。

透過

接近する。ゆっくりと“それ”へと近づいて行く。止める手立てはない。

侵食する。“それ”に侵され、また“それ”を侵す。これまでにない快楽と虚無。

同化する。僕と“それ”だけになる。混じり気のない純粋な二つの物質。意味を統合する。辻褄を合わせる。

透過する。”それ“との癒着がなくなり、僕は一切を透過する。電気プラグを、地下鉄を、マントルを、サブウェイを、規格外の3つの穴を。

これはただの大袈裟ななぞなぞだ。

ジュブナイル

どこか遠くの極めてアジア的な空間で催される祭り事。幼い私はぽわぽわとした気分でした。何処からか潮の匂いが、なにかを焼く匂いが。

夜に煌々と照るライトの背後には影、亡霊。高揚した気分の人々はそれに気づかないふりをしています。亡霊が歌うと、私はとっても懐かしい気分になります。軽い熱に浮かされたように、ぼーっとしてしまうのです。

今この瞬間にこのお祭りがぱっと消えて無くなってもおかしくはないのです。そんな不安を人々は抱きながら亡霊の歌を聴いています。そんな時私は「きっともう元いた場所には帰れないな。」と、こう思うのです。それほどまでにこの歌は、異世界的で、呪術的で、郷愁的で、刹那的で、絶望的なのです。

ほら、きづくともうそこはさっきまでいたところではなくなっている。

綺譚

くすんだ景色。きっと標高の高い場所にあるんだ。何かを予感させ、絶望させ、安堵させる、無機質とも言える風が吹く。風は何も言わないし、僕らは何も聞けない。それは諦観に近い。

白い柵に囲われた庭。二人分くらいの幅の入り口はちゃちなアーチで飾られている。

玄関まで続く石畳。至る所にあるプランター。灰色の太陽に照らされて育った植物、花々。

白いワンピース、チェック柄のテーブルクロス、僕のTシャツ。これは洗濯物。

雨風に晒された聖母像

小屋を挟んで向こうの裏庭は草木が生い茂っている。縫うように続く石畳。相対的に閉鎖的な世界。

木製のドアを開け、裏口から入ると、きみが笑顔で言う。

「おかえり。」

ただいま。

「裏庭のルクリア、じきに枯れるわ。」

かなしいね。

きみはいつも僕を待っている。そしてこの庭と、家を守っている。時にコーヒーを淹れ、時にドライフラワーを作る。

僕は好きな本を読んで、タバコを吸って、絵を描いて、ギターを弾いて、標本を眺め、酒を飲み、花を摘んで、寝る。

来るのかもわからない明日に潜るような、沈むような。

どこかで汽笛が鳴る。ああここだ。僕の帰る場所

振り返ったら消えてしまいそうな胎動。

生まれて死んで。意味は全てここに。ここにあるから。

明日きっと僕は僕でいられるんだろう。僕は僕でしかないから。それがまるでスプーンのような朝でも。

博物の館

「剥製」という「物質」。生きていた過去を君は覚えている?

作り物の目玉で、どこか恨めしげに私たちを見ている。

思ったより大きな肋骨で、生きようと動き続けていた皮膚で、私たちを裁く瞬間をガラス1枚向こうで待ち続けている。

君たちが生きていたこと、忘れないよ。そして、その綺麗な角や、尖った牙で、僕を裁いてください。

「神さま」

迷路のようなこの場所で迷い続ける。剥製になるまで。

国道沿い

いつまでも暮れない太陽と、いつになっても読み終わらない物語と、いくら飲んでも減らないコーヒー。

 

雨が降っていた。誰かが呟いた。「粘土の空」奏でるように他にも何か言っていたような気がするが、雨の音にかき消されてしまっていた。

小綺麗なカフェでは、あまりぱっとしないBGMが流れていた。客の喧騒は、僕の人生に関係しなさそうな周波数で僕の鼓膜を震わせた。あまりぱっとしない僕は、一番小さいサイズのコーヒーをちびちび飲みながら、本を読んでいた。

 

ようやく日は暮れ、本を読みきり、コーヒーを飲み終わった。カフェを出た時には雨は止み、かつて鼠色だった空はどこかせいせいしたと言った風な顔を見せていた。さっきまでとは違う風が吹き、さっきまでとは違う音が聞こえる。僕が三時間と二十数分活字と触れ合っている間に、世界がそっくり姿を変えてしまっていた。実際、何かが移り変わるというのはそういうものなのだ。僕は殆ど呆然としながらバイクのアクセルをひねり、前進し、加速した。

黒い春

覚醒の時期、道端の小さな花も、風に凪ぐカーテンも、暖かな斜陽も、たちまち真っ黒に染まった。

黒い洋服を着て、残酷な春の日を闊歩する。ひらひらと黒い花びらが舞う。

そこにあるべき正しさと、失われたこころ。日向と日陰の境。白と黒。愛と無。

綱渡りのように、均衡を保ちつづける人間、僕、私、あなた。

もし間違ってしまっても、黒い春を歩く意味を忘れないで。

 

どうか、忘れないで。

 

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