綺麗な庭

わたしの救いの箱庭です。

絵画

あまり天気の良くない午前中、老婆はたくさんの花をリヤカーに積んで街へ降りる。遠くの山には日光が降り注いでいる。

途中で一羽のうさぎが囁いた。

「花を運び、幸せを買う。幸せを売り、幸せを買う。」

しばらく行くと、頭上の渡り鳥が言った。

「遠くへ行くのはいいことだ。世界と決別しよう。」

街が見えて来た頃、少年と出会った。

「いつか僕は幸せになるんだと思う。あの人もあの人も。きっと、絶対に。でもあなたは...。花を一輪くださいな。」

街へ降り、老婆は困惑した。老婆が運んで来た花は、どれも美しかった。

広場に面した店の前に、ブリキの人形が倒れている。

ちょうど太陽が空の真ん中に顔を出した。

街は祝福の光に綺麗に照らされ、花は生き方を思い出したように輝いた。

そよ風の中で老婆は気づいてしまった。

そのまま花のベッドの上に倒れこんだ。

さようなら。家に帰ったらスープを作ろうと思っていたのに。

交わる

輪郭が収束していく。

リビングルームの、天井と壁の間。

視線は一点を見つめている。

 淡白で、極めて三次元的な空間。

僕は何処へゆけば良いのだろうか。

狭い部屋をあてもなく彷徨う。

途方も無い砂漠。旅人と挨拶を交わす。

 

そうしている間に

僕の、誰かの、輪郭が収束していく。

ピアノに擬態する娼婦

ある娼婦の話。

艶やかな黒髪の彼女は娼館の窓から世界を見ていた。(海が近いが、見えやしない。)

彼女にとって娼婦でいることは、存在の確証であり、生きているということだった。

しかしあるとき彼女は、毎日毎日自分がすり減り、惨めになっていることに気づいた。窓の外はずっと美しいのに、鏡の中の自分は、何かが失われていた。旅行先で忘れ物をしたんじゃないかと心配になるのに似た感情。

おもむろに彼女は椅子だけを残して、部屋を空っぽにした。ベッドも、鏡台も、全てを締め出した。そのときすっかり彼女は真っ黒になっていた。美しいカラスのような、夜のような--。

 

その日から、彼女はピアノに擬態するようになった。

 

客が部屋に来ても、椅子に座り、そっぽを向いて煙草をふかすだけ。黒い服を、白い下着を纏って。

男が彼女を演奏しようとするが、残念ながら男には音楽の才能はなかった。

 

彼女はずっと、艶やかな黒髪のカーテンを垂らし、黒い服を着て、山ほどの煙草をふかしながら、窓の外を眺めている。ただ静かに、堂々と。いつまでも。

まるでそう、夜と愛を嘆くピアノのように、僕は見えた。

 

日記

 

 

今日は一度朝早くに目覚めた。生まれて初めて感じた、病院の光のような日光をぼんやり見つめていた記憶がある。

僕はそこでなぜかスプーンを思い浮かべた。搔きまぜるのだ。

いつの間にかもう一度寝ていたようで、日光はさっきとは違う、霧雨のような安心感を持っていた。

起き抜けに水を飲んだ。自分が半透明になったように感じる。

朝食と昼食を一緒にとった。固いパンをミルクで流し込んだ。スクランブルエッグが幸せかどうか聞いてくる。

とりあえず絵を描く事にした。何を考えるでもなく、筆に任せた。あれは駄作だ。

花瓶の水を新しくして、季節の花を植えた。そろそろ雨の季節なのだが、毎年、一滴も降ってくれない。嘘をつかれた気分になって、1つだけドロップを土に埋めた。

風が気持ちよくなってきたので、白いプラスチックの椅子で、本を読んだ。幸せ図鑑。幸せには、絶滅した個体や、希少な個体があるらしい。

とても興味深い。いつか幸せを採集する旅に出ようと思う。たくさん捕まえて、標本にしよう。

甘酸っぱい物が飲みたくなったので、透明な酒を飲んでみた。随分前のだったが、飲めた。花にも少しあげた。

太陽が悲しそうに消えてゆく。また明日会おうと思う。そして「昨日ぶり。」と声をかけてやる。きっと喜ぶだろう。

夕飯を適当に胃に入れた。橙色の電球は、病院の光の正反対だ。

煙草がなくなったので、また明日作ろうと思う。

久々に夜更かしをしてしまった。

目を瞑ると、あの朝日がちかちか眩しくて、眠れないのだ。

ミルクコーヒーを作ったが、あまり美味しくなかった。

あまり眠くないが、寝ることにする。

病気の鯨のようなベッドが僕を待っていてくれてるからね。

 

 

 

 

 

古い未来の記憶

馴染み深い曲を背景に僕は家族らしき人間と戯れている。

木がまばらに生えている公園。遊具は木製で、数が少ない。

やけに雲のない、演出されたような空。

冬めいた秋。水彩絵の具で薄く誤魔化したような視界。

全てが絶好のコンディション。

幸せそうに笑っている君は誰だ。

はたまた賢い少女であるのか。

柔らかい日差しが君の笑顔を真っ白にする。

しかし、僕の心にはほんのわずかの焦燥が居座っていた。理由はわからない。

このいまを手放してしまいたくない。

瞼を開けてみると硬いベッドと馴染み深いBGMが流れていた。