綺麗な庭

わたしの救いの箱庭です。

ピアノに擬態する娼婦

ある娼婦の話。

艶やかな黒髪の彼女は娼館の窓から世界を見ていた。(海が近いが、見えやしない。)

彼女にとって娼婦でいることは、存在の確証であり、生きているということだった。

しかしあるとき彼女は、毎日毎日自分がすり減り、惨めになっていることに気づいた。窓の外はずっと美しいのに、鏡の中の自分は、何かが失われていた。旅行先で忘れ物をしたんじゃないかと心配になるのに似た感情。

おもむろに彼女は椅子だけを残して、部屋を空っぽにした。ベッドも、鏡台も、全てを締め出した。そのときすっかり彼女は真っ黒になっていた。美しいカラスのような、夜のような--。

 

その日から、彼女はピアノに擬態するようになった。

 

客が部屋に来ても、椅子に座り、そっぽを向いて煙草をふかすだけ。黒い服を、白い下着を纏って。

男が彼女を演奏しようとするが、残念ながら男には音楽の才能はなかった。

 

彼女はずっと、艶やかな黒髪のカーテンを垂らし、黒い服を着て、山ほどの煙草をふかしながら、窓の外を眺めている。ただ静かに、堂々と。いつまでも。

まるでそう、夜と愛を嘆くピアノのように、僕は見えた。

 

日記

 

 

今日は一度朝早くに目覚めた。生まれて初めて感じた、病院の光のような日光をぼんやり見つめていた記憶がある。

僕はそこでなぜかスプーンを思い浮かべた。搔きまぜるのだ。

いつの間にかもう一度寝ていたようで、日光はさっきとは違う、霧雨のような安心感を持っていた。

起き抜けに水を飲んだ。自分が半透明になったように感じる。

朝食と昼食を一緒にとった。固いパンをミルクで流し込んだ。スクランブルエッグが幸せかどうか聞いてくる。

とりあえず絵を描く事にした。何を考えるでもなく、筆に任せた。あれは駄作だ。

花瓶の水を新しくして、季節の花を植えた。そろそろ雨の季節なのだが、毎年、一滴も降ってくれない。嘘をつかれた気分になって、1つだけドロップを土に埋めた。

風が気持ちよくなってきたので、白いプラスチックの椅子で、本を読んだ。幸せ図鑑。幸せには、絶滅した個体や、希少な個体があるらしい。

とても興味深い。いつか幸せを採集する旅に出ようと思う。たくさん捕まえて、標本にしよう。

甘酸っぱい物が飲みたくなったので、透明な酒を飲んでみた。随分前のだったが、飲めた。花にも少しあげた。

太陽が悲しそうに消えてゆく。また明日会おうと思う。そして「昨日ぶり。」と声をかけてやる。きっと喜ぶだろう。

夕飯を適当に胃に入れた。橙色の電球は、病院の光の正反対だ。

煙草がなくなったので、また明日作ろうと思う。

久々に夜更かしをしてしまった。

目を瞑ると、あの朝日がちかちか眩しくて、眠れないのだ。

ミルクコーヒーを作ったが、あまり美味しくなかった。

あまり眠くないが、寝ることにする。

病気の鯨のようなベッドが僕を待っていてくれてるからね。

 

 

 

 

 

古い未来の記憶

馴染み深い曲を背景に僕は家族らしき人間と戯れている。

木がまばらに生えている公園。遊具は木製で、数が少ない。

やけに雲のない、演出されたような空。

冬めいた秋。水彩絵の具で薄く誤魔化したような視界。

全てが絶好のコンディション。

幸せそうに笑っている君は誰だ。

はたまた賢い少女であるのか。

柔らかい日差しが君の笑顔を真っ白にする。

しかし、僕の心にはほんのわずかの焦燥が居座っていた。理由はわからない。

このいまを手放してしまいたくない。

瞼を開けてみると硬いベッドと馴染み深いBGMが流れていた。

 

信仰

僕は宗教のことはよくわからないんだけど、信仰の対象が目の前でみるみる朽ち果てていったら教徒はどうなるんだろう。

今まで自分の唯一の光で、希望で、柱で、救いだった対象が情けなく失われて行く。冷たい息。

教徒はどうするのだろう?

僕はどうしたらいいのだろう?

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祈り

神様なんて信じている人は馬鹿だ。

馬鹿な人たちは、寂しいから一人で手を合わせる。きっと冷たい手をしてる。だから手を熱心に擦る。
じゃあ僕も、なんて思って、自分で馬鹿だなあと思いながら手を合わせる。そうしていないと、寂しいし、手が冷たい。するとなにもできやしない。
誰か、僕の手を温めてくれる人はいないでしょうか?馬鹿が思ったそれに応えて、神様は人間に火を与えた。なんだ、みんな寂しがってたんだ。
寂しいから、花を燃やす。これだから馬鹿は。